前回に引き続き、ビジネス書・自己啓発本について書きます。今回は、なぜ僕はビジネス書や自己啓発本を読んで実践しても持続させることができなかったのか?について考えてみます。

前回もお話しましたが僕の今までの経験を振り返ってみると、次のようなパターンを延々と繰り返していました。

①本を読み、なるほどと関心しながら「よし、明日から試してみよう!」と思い実践してみる

②数日経つと、忙しい日や疲れてる日が必ずやってくるので、その日はサボる

③一度サボると急に熱が冷め、再開するのに一苦労する

④実践することがだんだん義務化してきて、苦痛に感じ始める

⑤「忙しいから」、「やり方が自分には合わない」などと自分に言い訳をして諦める

⑥また本屋に行って別の本を見つけ「あぁ、こっちのやり方ならできるかも!」という気になる

⑦レジに並びお金を払う

⑧①に戻る

ビジネス書や自己啓発本に書いてあることを実践し続けられない理由は②と③あたりにありあそうです。

忙しい日、疲れてる日がやってくるのは避けようがない

忙しい日や疲れてる日というのは、現代社会に生きる我々にとって、避けようがないことでしょう。

例えば、僕はシステムエンジニアなのですが、自分たちが作ったシステムが本番で障害発生しているとの連絡が入ったのに「いや、今日は自分友だちと飲み会あるんで」と言ってスタスタ帰れるほど僕は心臓が図太くありません。

そうなると、忙しい日や疲れてる日がやってくるのを前提として、実現できる方法を見つける必要がでてきます。

アメリカ発の自己啓発本は思想がマッチョ過ぎる

自己啓発本の中でも有名なのは
思考は現実化する
人を動かす
7つの習慣
あたりでしょう。

このあたりの本に書かれていることは、なるほどと思うものの、いざ実践してみようとするともの凄くエネルギーがいるのです。常に自分の気持ちをアッパーな状態に持っていかないと、続けられるものじゃありません。そして、そもそも気持ちがアッパーじゃないから自己啓発本などに解決策を見出そうとしている僕のような小物にはキツいのです。また忙しい日や疲れてる日には特にやる気が失せます。

何というか、考え方がマッチョ過ぎるんです。

いかにも強い国アメリカ!的な思想が根底にあり、冷静になってみると「正直ついてけないわー」と思っている自分がいることに気がつきました。

ただ7つの習慣で提唱しているコンセプト自体はすごく納得のいくもので、さすが大ベストセラーにだけあるなと思います。

ビジネス書・自己啓発本は栄養ドリンクみたいなもの

自己啓発や成功法則に関するビジネス書なんて、しょせんはコンビニで売っている栄養ドリンクみたいなもの。過剰なカフェインや糖分で一時的にテンションが上がり、元気が出たような気になったりもしますが、効果のほどは正直よくわからない

ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない (マイナビ新書)より


まさに僕の場合もその通りでした。あの手の本て、読んだその瞬間はテンションが上がって自分でもできそうな気がしてくるんですよね。

でも著者の置かれた状況や才能の向き・不向きと、自分自身が置かれた状況にはギャップがあり、そのギャップは自分で埋める他ありません。

ビジネス書・自己啓発本を多読することの矛盾

ビジネス書・自己啓発本を読んだだけでは何も変わりません。そこに書かれていることを実行に移し、持続させて始めて効果が出る(かもしれない)のです。それなのにこれまで僕は、ビジネス書・自己啓発本を次から次へと読み漁っていました。読んでばかりで行動に移さない、それがよくない。

先ほどの『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』の著者は、ビジネス書や自己啓発本を受験生にとっての参考書や問題集、あるいは恋愛マニュアル本にも例えています。

受験の時、合格するか不安なあまり、手当たり次第に参考書を買った記憶があります。しかし買ってもそれらを全てできるわけではありません。結局1冊か2冊に絞り込んだものを熟読したほうが身になりました。

また恋愛マニュアル本を読んでそのとおり実行しても、どこか上滑り感漂う振る舞いになってしまって相手の心に響きません。

最終的に行き着いたところ

ビジネス書・自己啓発本をいくら読んでも自分は変われないんだということが分かってきました。それでも、幸せ不感症体質を治したいと思っている僕は、現状を何とかしたいと思っているわけです。そんな状況で現時点で僕が行き着いたところは、
瞑想
YOGA
ZEN(禅)
です。

まだ始めたばかりなのですが、今までにない感触を得ています。

僕は今までビジネス書が好きでした。自己啓発本も好きでした。でももう読むのはやめようと思いました。それはなぜかというと、何冊読んでも結局自分を変えることができなかったからです。

ここでいうビジネス書・自己啓発本とは、いわゆるハウツー本やマニュアル本、成功本のことをさしています。

なんでビジネス書・自己啓発本を読みたくなるんだろう?

そもそもなぜビジネス書や自己啓発本を読みたくなるかというと、その本の中に自分が抱えている悩みの解決策が書かれているんじゃないか?と期待するからです。もしくはその本の中に書かれていることを実践すれば、もっとよりよい人生を歩めるようになるんじゃないか?と期待するからです。

そして書店に行くと、煽り過剰のタイトルや宣伝文句と共にたくさんの本が陳列されている。ずっと眺めているとそこには何だかすごくお得な情報が書かれていて、読んでおかないと損するんじゃないかという気にさせられ、本を手に取りレジに並ぶのです。そして家に帰り本を読みながら「よし、これでまた一つ賢くなれるぞ」だなんて思ったりするわけです。

ビジネス書・自己啓発本を買った後のよくあるパターン

僕の今までの経験を振り返ってみると、次のようなパターンを延々と繰り返していました。

①本を読み、なるほどと関心しながら「よし、明日から試してみよう!」と思い実践してみる

②数日経つと、忙しい日や疲れてる日が必ずやってくるので、その日はサボる

③一度サボると急に熱が冷め、再開するのに一苦労する

④実践することがだんだん義務化してきて、苦痛に感じ始める

⑤自分の意志の弱さにひとしきり自己嫌悪する

⑥「続けられないのは忙しいから」、「やり方が自分には合わない」などと自分に言い訳をして諦める

⑦また本屋に行って別の本を見つけ「あぁ、こっちのやり方ならできるかも!」という気になる

⑧レジに並びお金を払う

⑨①に戻る

ではなぜ持続させることができなかったのか?という点を次回掘り下げて考えてみようと思います。

IT版の『伊東家の食卓』的サイト、ライフハッカー[日本版]で、瞑想に関する記事が紹介されていました。

心と体に落ち着きを…ライフハッカー式「瞑想の作法」

瞑想は人気のあるコンテンツらしいです。上のページでは、瞑想のはじめ方や瞑想の効果を脳科学的理由などが紹介されています。

このページを読んで知ったのですが、『始めよう。瞑想―15分でできるココロとアタマのストレッチ』という本が、Amazonで11ヶ月連続月間ランキング首位をとっていたんだそうです。それほど瞑想に関心を持っている人が多いというのが驚きでした。

この本はヴィレッジヴァンガードに置いてあって、それがまた意外でもあり納得でもあったんですけど、読みやすい内容で、紹介している瞑想方法も簡単で取り組みやすいです。

昔に比べて今は、人々の生活の質は飛躍的に向上し、便利な世の中になった。戦争や金融危機やその他もろもろ不幸な出来事は起きているけれど、全体的にみて右肩上がりに便利な世の中になっている、と多くの人が疑いもなく思っている。

でも、便利で豊かな社会になった反面、人々の生き物としての能力は劣化しているように思えてならない。便利さの追求の結果、我々人間の行き着く姿は映画『ウォーリー』に出てくる人間のような、ただ座ってるだけであらゆるサービスを受けられるがために自分の足では動けない劣化した生物に成り下がる可能性だって十分ある。

現代は、経済至上主義とも言える状況で、しかも消費者自身が望むものというより売り手側(企業側)が自分たちの利益追求のために、何とか買ってもらえる商品を企画して売っているような印象がある。別に欲しくもないんだけど、マーケティングや販売促進の妙につられて物やサービスを買ってしまった経験は誰にでもあるだろう。

また、現代社会の消費者は目が肥えている。「これまでよりさらに良い商品」に慣れている。そのため売り手側も、より興味を持ってもらえるように努力する。その結果、より刺激的で印象的な方法になりがちだ。

現代人はより便利な商品やより刺激的なものにさらされ続けており、しかも相手側(売り手側)からどんどん情報がやってくるため、受け身になりやすい。その結果自発的な部分がどんどん退化していっているんじゃないか。少なくても僕自身を例にとると、年々その思いが強まっている。

一見便利で快適な生活をしているんだけど、自発的ではなく生物として生きている充足感を得られない。

ひとことでいうとこんなところか。

これからの時代、無節操に消費をするのではなく、自発的・自覚的に消費するスタイルがカッコイイ、と思われる時がくるんじゃないかなと思う。

そして自発的・自覚的になるには一度、何かと過剰になりがちなものを捨てる必要がある。
例えば
・モノ
・情報
・コミュニケーション
・カロリー
など。減らすことによって、これまで見えなかった微細なことに気がつくようになるのではないだろうか。

何回かに分けて、『中村天風から教わったやさしい瞑想法』の読書ノートを書いていこうと思います。

今回は「第九章」から「おわりに」までをまとめて書いていきます。今回で読書ノートは終わりです。

第九章 私の瞑想体験

「第九章」では、著者である沢井氏の瞑想体験について紹介しています。

大学一年生の18歳のときから瞑想をはじめ、心身の自信を持つようになりましたが、無我無念の感じーーフッと心が空になる感じーーをつかんだのは、51歳になってからということです。そして70歳を過ぎてもなに一つ病気にならず健康な境涯にいるそうです。

「人生上の悩みができたりするときこそ、瞑想を実行する絶好のチャンス」なのだそうです。

第十章 瞑想の達人としての天風

「第十章」では、中村天風の生涯について紹介しています。

天風は日清、日露戦争の二つの戦争に従軍しています。日露戦争後に結核を患い、病気のために弱くなった心を強くする方法を求め海外を放浪します。そしてネパールの山奥でインド・ヨーガの指導者カリアッパと出会い、悟りを開きます。1913年に帰国しますがその6年後の1919年に、一念発起しヨーガをもとにした健康法や哲学を一般の人々に教えることになります。その教えが「心身統一法」という体系で、この体系が完成するまでに15年かかったと天風は回想しています。

この「心身統一法」というのは、数あるヨーガの方法のなかから、現代人にぴったりくるものを精選したものだそうです。天風は、瞑想をする時間は短くていいと教えます。また人にはそれぞれ与えられた職業や仕事があるのだから、瞑想や修行にすべての時間を捧げるようなことはすべきではないという考えをもっていました。

終章 天風先生との思い出

「終章」では、中村天風と著者とのエピソードについて紹介しています。

著者が中村天風に初めて出会ったのは大学一年生の18歳の夏です。その後、「修練会」でのエピソードや、天風氏の自宅にあがりこんだ時の話や天風氏から手紙をもらった話などが綴られています。

おわりに

瞑想は「心を空にする」ことを目的としています。よくないのが、瞑想をして心の中に雑念が浮かんだとき「あー、私の心は空になっていない」と悲観してしまうことです。

自分の心の中になる想念が浮かんだことに気がつくということは、それだけ心が静かに澄んできている、という証拠なのだそうです。

瞑想をはじめたばかりのころは、
・心が静かになっている
・リラックスしている
の二つができていればよしと満足すべきです。この二つができただけでも既にある程度瞑想が出来た状態なのです。

読書ノートまとめのおわりに

本書は中村天風が教える瞑想方法を紹介しつつ、瞑想やヨーガ、禅についての概要を紹介している本です。中村天風の門下には次のようなそうそうたる顔ぶれが並びます。
東郷平八郎(日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った海軍総司令官)
山本五十六(太平洋戦争時の連合艦隊司令長官)
原敬(平民宰相)
松下幸之助(パナソニック創業者、経営の神様)
稲盛和夫(京セラ創業者、JAL会長)
双葉山(相撲)
長嶋茂雄(野球)

瞑想は、個人差はあるものの長くても一年くらいつづけるとその効用を実感できるようになるそうです。
「うわぁ、一年もかかるのか・・・」と、自分のような怠け者な人は気持ちが萎えそうになるかと思いますが、空(くう)の状態を体感できなくても心が休まりリラックスすることは、初めてすぐでも体感することができます。毎日コツコツ続けることが、何よりも近道といえそうですね。

僕も本書や他の瞑想関連の本を読み、興味がわいてきて瞑想を実践しています。初めてから1ヶ月ちょっとで、サボってしまう日も時々あります。それでも瞑想をしていると気持ちが落ち着きますし、回を重ねるごとに体も瞑想するときの姿勢(半跏趺坐)に慣れてきているように感じます。

瞑想の方法はたくさんあります。本書ですすめる方法でもいいですし、他にネットや本で見つけた方法でもいいでしょう。方法は何でもいいので、瞑想の実践というのをぜひ生活の一部に習慣として根付かせたいものです。